ITと生産性の上昇と人材・組織の役割

2004年07月19日

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
Dose it matter ?
Sure、IT is still a matter in Japan.

米国では、ITが生産性をあげるかどうか、などという議論をとう
の昔に終えて、
「技術のコモディティ化によって、ITはもはや企業に「sustainable
competitive advantage」を提供しない、だって誰もが同じもの
を電気のように簡単に手に入れられるのだから」、
そうかと思うと、一方で
「しかし、コモディティ化自身はイノベーションの終わりや
ビジネス機会の終わりを意味するものではないし、実際には
全くその逆だよ、コモディティ化された製品はイノベーショ
ンへのインプットなんだ」、
といった議論がなされている。

象徴的な事として「IT doesn’t matter」とうい本が出され、その
後の論争を踏まえてもう1冊の本「Does IT Matter?」が書かれる
といったことが挙げられる。
(「ITは重要ではない」から「ITはどの程度重要か?」へ
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/001222.html )

ところが日本は未だに「IT」をこなしきれていない。

今年の通商白書は、この、ITと生産性の関係、IT、生産性と人
的資源の関係についての内外の分析結果をよく整理している。
「経営」、「会社と社員の関係」を考える貴重な資料となっている。

http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/2004_2shoh1setu.pdf
http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/2004_1shoh3setu.pdf

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

■無形資産の比重が高まっている。

──────────────────────────────
まず日米両国において、有形資産に対する無形資産の比重が近年大
きくなっている事実が確認できる。
このことは従来の有形資産ベースの企業経営のあり方が大きく変容
していることを示唆している。有形資産=所有=「工場資本主義」、
このパラダイムの変換が進行しているのだ。

この背景には「グローバル化」と「生存のための基本資材の充足
(一部の最貧国を除く)」がある。

「充足」は、競争の態様が「量」ないし「モノの空間的最適配分」
から、「質」ないし「モノの意味性」へシフトしつつあることを意
味する。

このため、世界的な企業間競争激化を背景に、
1.企業は絶えず差異性のある財・サービスを提供することが必要、
そのため、
2.財・サービスの差異性を生み出す源泉としての知識が重要となっ
ている、
この2点から、企業経営の基盤が有形資産から知的資産(無形資産)
へと変化してきているのだと、理解することができる。

このこととITが、実は深く関係している。

 

■ITと国の「成長」との関係。

──────────────────────────────
1990年代における先進国の成長パフォーマンスの違いと由来を
OECD
が分析した結果を見よう。
1. 情報通信技術( I C T :Information and Communications
Technology)は成長にとって重要な要素。しかし情報通信製造
産業自体を保有することが国にとっての成長の必要条件ではない。
2.情報通信技術が効果的に利用されその効用が発揮されるため
には、適切なスキルと能力を伴うことが必要であり、人的資本
が経済成長を実現する上で重要な要素となっている。
この2点を解明した。これは国の政策担当者のための分析。

しかし企業にとっても同じことがいえる。

ここからが、「経営」、「会社と社員の関係」を考える上で重要。

 

■IT投資と、人的資本、組織資本。

──────────────────────────────
企業をIT財を製造している企業と、IT財を使う企業に分ける。
米国では、生産性上昇の加速化は、「IT製造部門」を含む耐久財
製造業だけでなく大きく広がっており、「IT利用部門」に起因す
るものであると評価することができる。特に、「コンピュータ」及
び「電気通信」、更に「小売」「卸売」「証券」が顕著。

日本の場合、そもそも「IT利用部門」でのIT投資がまだ十分進
んでいない。だから、国全体の投資額の割りに国全体の生産性向上
の果実が手にいれらていない。

しかし、ただ「投資」をすればよいのではない。
なぜなら、生産性上向上はカネ(投資)だけでは達成できない、か
らだ。

投資(IT関連機器調達額)、人的資本(労働者のIT熟練度)、
組織資本(意志決定の分権度)、相互の関連性を見る。

米国では明らかな相関性がある。
投資と人的資本、組織資本、3者に「相互補完」の関係がある。
どれかひとつの場合より、2者、3者が揃っている場合の方がパフォ
ーマンスが高い。生産性は上昇している。

日本は、ある程度の相関性は確認できるが米国ほどではない。
ITと生産性の間に深い溝があることが推測される。
データからは、組織資本(分権度、組織がフラット化)はそれほど
関係なく、人的資本のレベルが投資のパフォーマンスを左右してい
る。要は使いこなせる人がいないと、IT投資は自己満足で終わっ
てしまう。ないし、IT投資は、「投資する」ことそのものが重要
なのでなく、「使いこなす(こなせる)」ことが大事、ということ
が知れる。

 

■「暗黙知」を「形式知」に変換する仕組み。

──────────────────────────────
「使いこなす」には、個人の知識、その中でも「暗黙知」を「形式
知」に転換する仕組みが重要。いや、それこそが「組織資本」
(「知」に対するカルチャー、社内慣行、人事制度など)なのでは
ないか、という事になる。

(註)マイケル・ポランニーの区別に従い、ここでは、「暗黙知」
とは、特定状況に関する個人的な知識であり、形式化したり他
人に伝えたりするのが困難な知識のことを、「形式知」とは、
形式的・論理的言語によって伝達できる知識のことをいう。

ここが肝。つまり今の日本の大半の企業は、有形資産=所有=「工
場資本主義」の発想が強すぎ、個人の知識、その中でも「暗黙知」
を「形式知」に転換する仕組みづくりに失敗している、のでは
ないか。
例えば、「年功制度」も、そのアンチテーゼで脚光を浴びる「実績
(実力)主義」も、
・個人が個人レベルで「知」を涵養する事を促す、
・「涵養」の成果を組織の成果へ転換することを促す、
この両方に資さないのではないか、だから、「年功制度」には戻れ
ない、だがだからといって「実績(実力)主義」もどうも違う、と
いった右顧左眄が常態化しているのではないか。

「工場資本主義」の時代、機械使いの勘所を、師弟関係をベースに
伝達する、「熟練」がそういう意味内容であった時代には、「年功
制度」こそが、「暗黙知」を「形式知」に変える、すばらしい手段
だったのだ。
「情報資本主義」の時代になって、そあたりが根本的に変わってし
まった。

企業の「知」の種類を「暗黙知」と「形式知」 とに分ける。これ
がまず必要。その上で、個人の持つ暗黙知が、組織内での他者との
絶え間ない対話や議論を通じて、次第に誰にでもわかるような言語
や数字という形式知へと変換していく仕組み、カルチャー、を作る。
すると組織内部で当該知識が伝達・共有化されていくことによって、
最終的には個人知識が組織全体にとって大事な知識へと変換される。
ここにイノベーション(新しい商品、製造プロセス等)が発生する。
それが生産性上昇をもたらす。
このPATHを作ることが重要だ。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中